“キャリアコンテンツ” を残そう

●ある会合での4人の初老の人たちの会話
「マンガで○○万部売れたのがあっただろう。
 なぜそんなにも売れたと思う?
 根底に思想の一貫性があると思う--!」
「それ知っている!
 題名は えーえーと、あれあれ--!!
「えーえ-とーー」
 ---出てこない!
調べに書斎へ行ったが、本が見つからない!

※パソコンで検索すればすぐ分かることですが----
答えは「ワンピース」

若者との会話
(ホテルニューオークラの再築の話になり、ホテルニューオータニと勘違いして)
「赤坂見附の交差点、昔あの場所にあったホテルで火災があったよ!
 大火災で 多くの人が亡くなったよ、知らないだろうな?!
 この火災により屋内消火栓設備等の規制も大きく変わったんだ--」
「えーえーとホテルの名前はーーー!?」
 ---出てこない!

※答えは「ホテルニュージャパン」

最近よくあることです。
当然に当たり前と思っている名前が出てこない!

しかし、経験者(概して“初老”以降の人)は経験やいろいろ学んできた内容を蓄積しています。
名前は出てこなくても、勘所の判断は衰えていません。
そして、経験者は体験や知識を話したいのです。

最近、小旅行でこんな経験をしました。

●豊川稲荷で同伴者と稲荷と寺院の関係、真言宗との関係等の話をしていたとき
寺院を警備しているおじさん(警備員)が詰め所から出てきて
豊川稲荷の説明をいろいろとしてくれました。
そして、これからの旅程のアドバイスもしてくれました。
--ありがたく良いコースを辿ることが出来ました

●久能山東照宮において、大勢の中国からの観光客が引けた後で
東照宮案内のボランティアのおじさんが同伴者をひきとめて
熱心に東照宮についての説明をしてくれました。
よく研究をされていて、資料を持っての詳しい説明です。
--こちらが離れたがっていることを察して、「もうちょっとで終わりますから」との断りの後、区切りの最後まで説明をしてくれました

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堺屋太一氏の本に「エキスペリエンツ団塊の7人」という本がありますが、エキスペリエンツ(経験者:experients)はそれぞれの知恵を持っています。
その知恵を何かの形にして残さないのはもったいないです。
経験者の知恵を「キャリアコンテンツ」として後生のために残しませんか?!

経験者の蓄積された知恵は「知的財産」です。
勿論、一部の専門家がその専門性を商品化価値化して残すコンテンツは立派なものであり、金銭的価値を持つものでありますが、特許等の工業所有権等も含めてそのようなものだけが知的財産ではないはずです。

経験者は、知的体験を閉ざさず「キャリアコンテンツ」という手段(ツール)を持ってもいいと考えます。
経験者のキャリア(知識&体験)はその有用性においてエリートのそれに劣るものではないと思います。


【省察】

孟子の言葉に「人の患いは好みて人の師となるにあり」というのがあります。
==〔解釈〕人の患いは、偉くもないのに自分から好んで人の師となろうとしたがることである。(自我の押しつけという意味)
また、『延長自我』という言葉があるそうです。
人に自分を理解させたくて、聞かれもしないのに、自分の話(主張)を押し付けて、相手を困らせ、不快にさせてしまう現象だそうです。
こちらが『思いやり』と思っていても、 相手に受け入れの態勢が整っていなければ、 それは『余計なお世話』となる場合があるとのことです。

しかし、多くのエキスペリエンツは、ただお役に立ちたいのだと思います。
自分の経験を有効に生かして欲しいのです。
でもそれを受け入れる心的姿勢が相手にできていなければ、怪訝な顔をされ押しつけとなってしまう。
そのような点には大いに気を付けたいものですが---