「“感情労働”という視点」③

雑誌「安全と健康」特集「感情労働」
西武文理大学教授田村尚子氏の記事をもとに、“感情労働”について考えてみたい思います。

日常的に感情労働が行われる状況下において、働く人の心にどのような影響を及ぼすのか?
この点に関する研究は「否定的影響を指摘するもの」と「肯定的側面を主張するもの」の2つに大別されるとのことです。


【否定的影響:3つのキーワード】

①我慢

早稲田大学の熊野宏昭教授は、ストレスをもたらす状況には「頑張る系」と「我慢する系」の2つがあると指摘する。
そして、そのストレスは「頑張る系」は心臓に負担をかけ、「我慢する系」は心を疲れさせ、精神的ダメージにつながる。
我慢することは、相手が適切な精神状態になるように導くうえで必要だが、たび重なる我慢は過度に精神的負担を課すことになり多 大なストレスとなる。

②演技

感情労働には、相手(顧客等)に対して悔しさを感じたとしても自らの感情を管理し、“顔で笑って心で泣いて”のような「演技」によって適切な外見を維持することが求められる。
ホックシールドはこのように感情を管理する方法として「表層演技」「深層演技」を紹介している。

感情管理技術 外見・感情
表層演技 外見は変えるが、自身の本当の感情はそのまま
深層演技 外見を変える、自身の本当の感情も変える

「表層演技」とは、自然に生起した感情を自覚した上で、自分の外見(笑顔や温和な表情等)のみを「感情規則」(その状況にふさわしい感情)に沿って変える方法である。

「クレーム対応のときは、やはり『お客様が言ってることは正しい』と表情には出します。でも心の中は・・・その逆です」(鉄道駅員)

一方、「深層演技」は表面的のそうした“ふり”をするのではなく、心からそう思うように自分の心に働きかけ、本来の自分の感情を変えていく方法である。

「辛いときでも笑うのは、パークにいる自分が笑っていなければ仕方ないだろうと思い、(自分に)言い聞かせるのもありますし、・・・」(テーマパーク従業員)

こうした演技を日常的かつ頻回に行うことが働く人の心に及ぼす影響として、ホックシールドは、

    1. 本当の自己と偽りの自己との疎隔
    2. 「ⅰ」から生じる感情的な落ち込みや凍え
    3. バーンアウト等の感情的機能不全

を指摘している。

③深入り

病棟勤務の看護師や介護士のように比較的長い時間、特定の相手との関係を継続する場合、「表層演技」は、深い信頼関係を築く上でむしろ弊害になることもある。
しかし、一方で同志社大学・久保真人教授は、相手に信頼されるための“ひたむきさ”や“他人と深く関わろうとする姿勢”がバーンアウト発症の原因になっていると指摘する。
バーンアウトとはストレス反応の一つであり、「仕事の上で日々過大な情緒的資源を要求された結果生じる情緒的消耗感」と定義される。
顧客等のためにと一心不乱に全力で対応し、「深入り」していく過程で、当事者には自覚が無くとも“心のエネルギー”を大量に消費していることが多く、情緒的資源の枯渇に至る場合も少なくない。
「深入り」しすぎず、しかし相手の心にしっかり寄り添う、高度な「バランス」技能の体得が、対人サービス従事者の心を守る鍵と言えよう。


以前から興味を持っていた領域でもあり、読み返してみて、再認識することも多いです。
感情労働はどの職場でも人間関係上必要となってきますが、特に人と深く関わる職業に就いている人たちの心的苦労を思います。
『“深入り”しすぎず、しかし相手の心にしっかり寄り添う、高度な「バランス」技能の体得』といわれていますが、これは経験の積み重ねにより得られる部分もあると思いますが、有効なヒントが欲しいところです。
特に「内向的な人」が感情労働を強く要求されるような職業に就いた場合は---と考えます。

「肯定的側面」については次月となりますが、何かのヒントを得られたらと思います。