リーダーの覚悟

「組織の失敗学」樋口晴彦氏著(中災防新書)に
『リーダーの覚悟について』という章題で佐久間艇長の遺書の話しが載っています。
以下要約引用してみます


私事ニ関スル事言フ必要ナシ<佐久間艇長の遺書>

明治43年4月、瀬戸内海で訓練をしていた第六号潜水艇が海底に沈んだという事故があった。
その潜水艦の艇長が佐久間勉大尉であった。
佐久間艇長以下14人の乗務員は、懸命の対策に努めたが、約3時間後全員が呼吸困難により死亡した。

2日後、引き揚げられた潜水艦において、乗務員はいずれも自らの持ち場において殉職していることが確認された。

佐久間艇長の胸ポケットからは、死を目前にして書かれた39ページ、975字に及ぶ遺書が発見された。
遺書には、「小官ノ不注意ニヨリ陛下ノ艇ヲ沈メ部下ヲ殺ス、誠ニ申訳無シ」に始まる失敗の教訓に関する言葉が記されていた。

佐久間艇長は、沈没した原因、沈没後の状況、艇内で実施した諸対策などを遺書に十数ページにわたって書き連ねている。
当時、潜水艇は導入されたばかりの新兵器で、その製造や運用についてのノウハウは乏しい上に、問題の第六号艇は、我が国で製造した最初の潜水艇だった。
今回の沈没に至った要因を解明し、緊急浮上装置の不備を検証することは、次代の潜水艇の安全性向上に大きく貢献する。
その意味で、佐久間艇長の遺書は、まさに失敗学の実践そのものであった。
さらに、潜水艇という兵器の将来性を高く評価していた佐久間艇長は、本件事故の影響で関係者が委縮し、その開発が停滞してしまうことを懸念していた。

自らの死が刻々と迫り来る極限の状況に直面しながら、決してパニックに陥ることなく、あまつさえ自分の死後における関係者の反応まで見越している沈着さに脱帽するしかない。
その佐久間艇長の姿を見ていたからこそ、乗組員も持ち場を離れようとしなかったのであろう。

佐久間艇長は、最後まで職務に尽くした乗務員への感謝の言葉、そして乗組員の遺族への配慮への懇請を記している。
その一方で、遺書の中には、艇長自身の家族に宛てた内容はない。
ただ、表記の「私事ニ関スル事言フ必要ナシ」としているのみ。

指揮官としては、失敗情報の伝達という職務をあくまで優先せざるを得ない。
さらに言えば、肉親への想いを敢えて遺さないことが、ともに死にゆく部下に対するせめてもの償いと感じていたのかもしれない。
それでも、朦朧とする意識の中で、佐久間艇長は、肉親への哀切に思い乱されたに違いない。
「私事ニ関スル事言フ必要ナシ」とわざわざ記したのは、自らの迷いを振り切るためではなかったか。


現代においては、違和感を示される人もいるかもしれません。
しかし、究極の状況下での精神性の高さが示されています。

今 ウクライナは戦争下にあります
そこにおいてウクライナのゼレンスキー大統領の姿勢が度々報道されます
国を守るために体を張っています

ウクライナのことはよく知りませんでした
ヨーロッパの穀倉地帯という中学時代の知識が浮かんでくる程度でした
チェルノブイリ(チョルノービリ)原発事故もウクライナでの事故であったという認識も最近のものです
ソビエト連邦時代の暗い感じを持っていました

その国で大統領はじめ国民が自国を守るために立ち上がっています
トップが逃げて国が降伏するというパターンとは違いました
そして、国民が立ち上がったことによりヨーロッパ諸国もハッキリと支援の態度を持つことができました。
ドイツも自国のエネルギー政策を大きく変える決断へと踏み切り得たと思います

そして、大統領を筆頭にウクライナはしぶとく抵抗しています。
国民が望む国体ができるという、当たり前とも思えるような世界は、現実には遠いのでしょうか?

今後どのように展開するかは不明ですが
リーダーの覚悟がフォロアーを導く大きな要素であることを改めて認識します
そしてウクライナの人達の精神性の高さも感じます

戦争の実感も薄れてきていた戦後に生まれ、経済成長の恩恵にあずかった世代としては強くは言えない面もありますが、
平和そして民主&自由は当たり前という常識?のぬるま湯の中での半世紀でしたが、湯温が上がってきた感がします。
「海の時代」から「陸の時代」へとはあるアナリストの言でしたが

「海の時代」を引きずる “茹でガエル” にはなりたくないものです。