組織の経営“まずい学” ④単純な成果主義

「組織行動の“まずい!!”学 どうして失敗がくりかえすのか」
と題して警察学校主任教授の樋口晴彦先生が全国産業安全大会で講演された内容について雑誌「安全と健康」誌より引用させて頂きます。

4回目は「単純な成果主義の問題点」についてのお話です。
管理者の実情無視、現場管理能力について
「国民年金に関する不正事件」を元に話されています。

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最後は、国民年金に関する不正事件です。
平成18年2月、国民年金保険料の支払い能力のない低所得者に対する免除処理に関して、社会保険庁で大規模な不正が発覚しました。

国民年金には、低所得者が保険料免除の申請をすれば、その後は一切保険料を払わなくても、将来的に年金の6割までを支給してもらえるというシステムがあります。
この事件は、社会保険庁職員がコンピューターの端末をたたいて、その申請処理を勝手にやっていたという事案です。
その件数は、実に22万件に達しました。

問題の不正処理は、平成17年の11月と12月に集中的に開始されています。
この時期に一体何があったのでしょうか。
実は、11月と12月は保険料納付率引き上げのための緊急対策月間でした。
保険料納付率の分母は、保険料を納めるべき人数、分子は保険料を実際に納めた人数です。

問題の免除措置を行っても、保険料を実際に納めた人数、すなわち納付率の分子は変わりません。
しかし、分母の納めるべき人の数が減少するので、納付率は上昇します。
つまり、緊急対策月間に納付率を上げるために、免除処理を不正に繰り返していたのです。
お気楽なはずの公務員が、どうしてそこまで業績向上に熱心になったのでしょうか。

社会保険庁では緊急対策月間の前月から成果主義の人事評価制度を導入していました。
この成果主義の評価に当たって、最も重視されていた指標が、保険料納付率だったのです。

社会保険庁は、平成19年度に保険料納付率80%を達成すると国会に約束していました。
しかし、平成16年度の実績は63.6%にとどまりました。
このままでは平成19年度の80%達成は無理です。
そこで、平成17年度には、現場に対してすこく厳しい指導をしていました。

社会保険事務所ごとの納付率の変化状況をLANで公開して、部内競争をあおりました。
また、必ず達成しなければならない納付率の目標値を一方的に押しつけたのです。
しかし、現場は困ってしまいました。
実際のところ、いくら努力してもどうにもならない壁に直面していたのです。

問題の免除措置は、基本的には低所得者にとって、非常にありがたい制度です。
それにもかかわらず、申請者は少ないままでした。
年金制度はどうせ破綻するのだからと、無視されていたのです。
社会保険庁の職員が電話をかけても切られてしまう、手紙を送ってもそのままごみ箱行きでした。

このように年金制度に対する不信感が強く、説明しようにも相手が聞く耳をもってくれなければ、どうにもなりません。
しかし、目標を達成できないと、成果主義に基づき大変に厳しい人事措置を受けることになります。
そのため、現場で不正処理を実施したというわけです。

私は、成果主義を全面否定するつもりはありません。
しかし、成果主義は運用が大変に難しい制度であることを認識していただきたいのです。

部下に対して、おまえの目標値はこれだけだ、達成できたら給料を上げてやる、できなかったら給料を減らす。
これだけで仕事がうまくいくのであれば、管理職は何て楽な仕事でしょう。
アメとムチだけで部下がどんどん働いて業績が上がるのなら、こんなに簡単なことはありません。

現実は、そんなに甘くないのです。
単に数値目標を掲げてアメとムチを使うだけの単純な成果主義は、失敗して当然です。
むしろそのような単純な成果主義は、現場の不正を誘発するおそれが強いのです。

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現在、ここで取り上げられている「保険料免除の制度」が存続しているかどうかは不明ですが、今年の5月に年金に関してまた大きな問題が発生しました。
日本年金機構から年金個人情報約125万件の流出事件です。

この事件について、塩崎大臣が答弁されていました。
「徹底的に究明します」
「再発防止に努めます」---

正直言って、これらの言葉が嫌いです!

何回も言われてきましたが繰り返されています。
意味の薄い言葉です。
その場の言い逃れのように感じます。

でき得ればもう少し突っ込んで下記のように言ってもらいたいです。
—-○○の点で弱点があったと考えられる
—-今後 このような方向を目指したい
—-前回の失敗が---のような点で生かされていなかった!

担当されている公務員の人たちは対応策に苦慮しておられると思いますが---
これが企業であれば、存続を問われます。
社員は明日の糧を失う状況におかれます。
下請企業であれば、即契約解除です。
悲壮感が漂うと思います。

しかし、ことは淡々とすすめられ、2ヵ月経つと半ば沈静化の感すらします。
今日本は大変な借金地獄にありますが、政府においても全くその感が出ていないのが不思議です。
その場その時だけ、自分の任期中だけ良ければそれで良いというような感さえします。

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4回にわたって樋口先生の講演を引用させていただき、「ムリな経営」について考えてきましたが、読んで頂いた皆さまも、これ以外にもいろいろと思い当たられる課題があろうと思います。
問題の発生する企業には共通点があると言われます。ムリはある部分だけに起こるのではありません。
品質が良くて安全が悪い、環境が良くて品質が悪いというようなことは無いようです。
特に、“事故・災害”は企業の“代表特性”或いは“企業生命力の衰えの兆候”とも言われます。
深く反省すべき事項だと思います。