組織の経営“まずい学” ③アウトソーシング

「組織行動の“まずい!!”学 どうして失敗がくりかえすのか」
と題して警察学校主任教授の樋口晴彦先生が全国産業安全大会で講演された内容について雑誌「安全と健康」誌より引用させて頂きます。

3回目は「アウトソーシング」についてのお話です。
これも筆者にとっては思い当たる点が多々あります。
「Dテレビ局の捏造事件」を元に話されています。

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Dテレビ局の納豆ダイエットを巡る事件です。
納豆のダイエット効果に関してデータ等の捏造が発覚し、人気番組が打ち切りになりました。

この番組の名目上の制作者はDテレビでしたが、実際にはE社という元請の制作会社が、完成したビデオをDテレビ局に納入する方式を採用していました。

この番組のテーマの企画や実験については孫請の制作会社9社が行つていました。
問題の納豆ダイエットを担当したのはF社です。

捏造の経緯は次のとおりです。
事件発覚の前年、F社がインターネット検索をして、納豆ダイエットの企画を立てました。
大豆に含まれているベータコングリシニンという物質に着目して、それについて話を組み立てる予定でした。

F社では、その取材について、ある団体の協力を当てにしていましたが、その団体から協力できないという連絡が入つてきました。
F社は、非常に困りました。
なぜならば、すでにスタジオ収録日が決定済みだつたからです。
有名タレントのスケジュールの都合で、この日は絶対に動かせませんでした。

そこに、別の団体からイソフラボンにもダイエット効果があるらしいという情報が届きました。
イソフラボンも同じ大豆成分ですからよいではないかと、ベータコングリシニンからイソフラボンに話を差しかえて、そのまま作業を続行しました。

しかし、日本、さらにアメリカの研究者から、イソフラボンのダイエット効果は明確になっていないと取材を拒否されました。
もう時間はありません。
そこで、F社は実験結果や研究者の発言などを捏造して番組を作成し、それがDテレビに納品されたというわけです。

問題のF社では、このほかにも9件の番組で捏造が判明しました。
それでは、捏造行為はF社だけの特殊な問題だつたのでしょうか。
違います。
F社以外の制作会社でも、少なくとも6本について捏造等が判明しています。

そのような状況をつくり出した原因の一つが、孫請け制作会社の過酷な実態です。
孫請け会社に支払われる制作費は、番組1本当たりいくらという出来高払い方式で、金額的にも非常に厳しい状態でした。

テレビ番組の制作では、人件費が極めて大きなコスト要因です。
この人件費を切り詰めるためには、制作期間を短くすればよい。
つまり、孫請制作会社の側には、なるべく制作期間を短縮したいという気持ちが働きます。

納豆ダイエットについては、F社は企画の際にインターネットで検索しただけで、取材もせずに見切り発車していました。
これも制作期間をできるだけ短縮することが目的です。
そのような形で見切り発車すれば、途中段階でトラブルが続出するのは当然です。
その場合にはどうしたらよいでしょうか。
もともと制作期間はギリギリです。
今さら構想を練り直したり、実験をやり直したりする時間的余裕はありません。

だからといつて、制作をあきらめてしまうこともできません。
番組制作は出来高払いなので、番組が完成しなければ、一切お金を受け取れないからです。
孫請は零細企業ばかりですから、すぐに倒産してしまいます。

孫請制作会社としては、いったん制作作業を開始したら、止めるわけにはいきません。
トラブルが発生して切羽詰まつた場合には、番組の捏造にはしるというわけです。

テレビ業界全体が経営的に苦しい中で、孫請制作会社は、そのしわ寄せを一番受けやすい立場にあります。
制作費用がどんどんカットされるので、孫請の社員は給料が安い上に、非常な長時間労働を強いられ、まさにワーキングプア状態です。

しかし、テレビ局や元請制作会社の人々には、その認識が薄いようです。
孫請制作会社がどれほど追い詰められているか、捏造さえも辞さない状況になつていることに気づいていない。
長年のアウトソーシングによって業界の中に階層構造が形成され、「下層階級」の孫請会社のことを思いやる意識が欠落してしまったのです。

アウトソーシングは、コスト削減のための打ち出の小づちでしょうか。
違います。
たしかにコスト削減というメリットはあるでしょうが、アウトソーシングには必ずリスクが付いてきます
そのリスクを管理できないのに、安易にアウ トソーシングを進めていけば、本件のような事態を招くことになるのです。

 

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当事例はもう古くなりましたが、同じような事件はそれ以降も起きています。

そして、人材派遣も進んで、企業間の階層構造もますます複雑になっている感を受けます。
職場の環境が急変しています。
昨今「ブラック企業」という言葉も聞きます。

事件事故時には、その当事者に目を向けがちですが、必ずと言っていいほどそこには背後要因があります。
“経営”という要因です。

そして今回の事例においては、「外注業者に対する優越意識」「見下して相手の事情を考えようとしない冷たさ」も感じます。

“エンジン”をふかせばどんどん前へ行きます。つい夢中になってスピードも上げます。しかし“ブレーキ”がなければ事故を起こします。

「リスクが管理できないのに、安易にアウトソーシングを進めている」例は多いのではないでしょうか?
責任を下請け会社に負わせることができると安易に考えているかもしれませんが、社会の評価は違うところにあることを認識する必要があると考えます。

 

<追記>
厚生労働省は、違法な長時間労働を繰り返す企業に対して、行政指導の段階で企業名を公表するようようになりました。
また、重大な労働災害を繰り返す安全衛生上問題のある企業の指示、勧告、公表制度も始まっています。
(改正労働安全衛生法:平成26年6月25日公布 平成27年6月までに施行される予定)
同時に、優良企業の公表制度も始めるとのことです。