「FCP:避難時救助活動について②」<28>

災害等において、「(自分も含めて)関係する人たちの命が救われること、及び負傷しないこと」は最優先ですが、事前対策として「被災後の生活」についても検討しておく必要があります。

各事業場においては、災害時のリスクマネジメントとして、中小企業庁から「中⼩企業BCP策定運⽤指針」が示されています。
そこには、災害等に遭遇して「事業を如何に継続していくのか?」という課題に対して、事業継続計画(BCP)の作成という方策が示されています。

この指針に示されている内容は、「災害への対応」「被災後の私たちの生活」を検討するうえにおいても参考となる事項が多くあります。
そこで、“生活の継続”という視点で、この指針の内容を検討してみるのも意味のあることと考えます。
(いわば「FCP:Family Continuity Plan」への“試考”といえます)

前回は、「FCPの定着」における「被災時における救助活動」についてでした。
今回も「避難時における救助活動」について、事例をもとに考えてみたいと思います。


7月には避難活動についての一般的に考えられる事項をPick Upしてみました。
今回は、避難経験者による具体的な声を、「地震イツモノート(ポプラ文庫)」により検討させていただきたいと思います。

助ける人、助けられる人、探す人、探される人。
地震直後の街は、数えきれない想いと行動が交錯する場でした。
冷静に全体を見渡すことなどできない。
何をしていいかも分からない。
でもそんな時、とにかく全力で救助活動のために走り回った人たちがいました。
消防士やレスキュー隊、医師や看護師、一般の人たちの中には、家族や自宅の状況も顧みず、救援に専念した人がいました。
そしてそれを支える人たちがいました。

状況が浮かんできます。

7月3日 静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土石流災害においても、消防隊はじめ多くの人達の泥水に浸かった救助活動には本当に頭が下がります。
このような状況下に直面した自分はどう行動するか(できるか)?ということです。

状況を記した下記のような体験談が多く綴られています。

生き埋めになっている人がいるのが分かっていながら、適当な工具もなく、救助隊も来てくれず、一歩でもその建物に近づくと半壊の建物が崩れてくるのが怖くてどうしようもなかった。

阪神・淡路大震災では、地元消防団によって多くの命が救われました。
市民が救った命が、救助隊が救った命よりも多かったという報告もあります。
誰かが何とかしてくれるのを待つのではなく、自分で考え、自分で動く。
救助隊に頼ってばかりはいられません。
自分でできることは、できる限りする。
救助活動も、自分の判断で行う、というのが、被災地における救助のあり方でした。

また、救出のための知恵も多く記されています。

<救出が必要な人がいる>

  • ハンマーで壊していた。
    のこぎり、バール、ハンマー、ジャッキが役に立った。
  • バールはタンスを壊したり、潰れた畳をはがしたりするのに役立つ
  • 大きな重機は役に立たない。
    その場にジャッキ・バール・スコップなど鉄の棒があればよかった。

<救出の際の知恵>

  • 人の運搬
    毛布、畳、とびら--とにかくそこらにあるもので運んだ
  • 人工呼吸・心臓マッサージ
    やらなければ100%死ぬ。間違ってもすることにより助かる可能性がある!
  • (家屋等において)逃げ道確保のため、壊れた物はリレー方式で外に出していく
  • 毛布を敷いてその上を歩いた
    --ガラスが飛び散っているから

<ケガをしている人がいる>

  • 医療従事者を待っていられない非常事態
    ほんのちょっとした応急手当が予後をだいぶましにします
  • 日頃から傷の手当てが出来るように講習を
  • サランラップを巻いておく
    すり傷はお水で流して、サランラップで巻いておく
    --ガーゼのタオルは三角巾の代わりになる。用途が広くてかさが少ない

切羽詰まった土壇場での判断状況に置かれた様子が伝わります。
また、つい自分が救助者の立場での視点になってしまいますが、救助される立場であったら--
という視点も必要となります。

最後に、被災者の言葉として

一般市民も、いざという時に率先して応急処置を施せる技術と知識を身につけておくことは、とても大切です。
日頃から、自治体や学校、公共機関などで行われている養成講座などに積極的に参加していきたい。

等々、実際に災害にあってみないとわからない骨身にしみた言葉が綴られています。

【付記:隣近所との協力による救助活動】
      :from 当Blog3月「FCP:“緊急時の役割分担”について<23>」
『隣の人とあいさつしている。それが大きな防災でした。』
助け合うこと、声をかけ合うこと、隣に住む人がどんな人でどんな事情を抱えているかを知っていること。
そうしたことこそが、どんな知識よりも、備蓄よりも、大きな力になったのです。
 --お隣さんに助けてもらった
 --近所の若者が声をかけてくれた
 --励まし合えた
 --遠くまで助けを呼んでくれた
 --誰がいないのかすぐに分かった

この拙いブログは、まだ災害について十分な実感を持てない筆者自身への「災害意識の駆り立て」でもあり、また「なかなか災害行動へと結びつかない焦り」でもあります。
考えることにより、一歩進んだという気持ちになってしまいますが、現実は何も変わっていないかもしれません。
しかし、何か皆様のFCPを考えるうえでのきっかけともなればと妄想しています。