今年(2018)の2月、南海トラフ地震の今後30年における発生可能性が 70% から 80% に引き上げられました。
今まで、“人ごと的”に公共機関等より発せられる災害・防災関係の情報を受け取っていたのですが、「この“災害”に取り組まなければ--」と思うようになりました。
世間一般から見れば、「何を今更! 遅い!」となりましょう。
(阪神淡路大震災で震度4の揺れを経験し、東日本大震災であれほどの情報を得ながら、そしてそれらを上回ると想定される南海トラフ地震の大被害想定地域上に居ながらこの始末です!)
そこで、どういう被害に遭うのだろうかと考えてみますと
「震度6強(或いは震度7)」
「液状化(三角州であったであろう砂地の上)」
「津波(海から3km弱だが海抜1.5メートル以内?、自宅の横に河口に近い川!)」
等々リスク要因が浮かび上がってきます。
被災の事象は
「震度7と液状化で自宅が傾く或いは半壊?」
「家具、本棚等は横向きに飛んできてくる!」
(簡易な転倒防止具程度では効き目はないであろう)
「果たして、傷害を受けずに済むだろうか?」
そして、揺れでは生き延び得たとしても
「津波」の襲来(数十分後)
公共機関による想定水深は2~3メートル
「津波襲来までに逃げ切れるか?」
「どこへ逃げる? 近くの避難場所は低すぎないか?」
等々浮かんできます。
津波被害?
ネットに情報が溢れています。
多くの警告が公共機関或いは研究機関から示されています
要約すると
「まず自分が生き延びよ」「人と協力して生命を維持せよ」
そして、具体的な行動は
「逃げろ」です。
対応行動は、個人の意志・判断に委ねられています。
(たとえ「避難勧告」が発せられても、行動を起こすのは個人です。)
考えれば、切りがありません。
そのような津波に関する資料で、「釜石の奇蹟」という記事に遭遇しました。
釜石の小中学生を中心とした、東日本大震災における津波避難の記事です。
大震災以前から釜石において防災指導をされていた、群馬大学「広域首都圏防災センター」センター長の片田先生の書かれた記事です。
(「釜石の奇蹟」という表現はメディアが作ったもので、片田先生はあまりよく思われていないようです)
(この話、周りの人に聞いてみると「知っているよ」とのこと。自分だけが無知でした。震災当時聞いていたとしても、深くは知ってはいませんでした。)
片田先生は「子供たちに生き抜く力を与えること」を主眼に指導されたそうです。
読んでいて、小中学生の けなげな避難行動 に涙が出てきました。
そして、多くの “教えられたこと” “考えさせられたこと” がこの話の中にあるように思いました。
私たちが日常において遭遇する可能性の高い「事故・トラブル」「労働災害」等々への事前対応はもちろん必要です。
また、被災後の復旧を前提としたBCP(事業継続計画)への準備対応も大切です。
しかし、数十万人が死亡すると想定されている震災への “生き抜くための対応” は最優先にすべきものです。
太平洋戦争で日本が被った大きな災難にも匹敵するであろうクライシスです。
何故にこのテーマが、市民レベルで日常的に深刻度を持って話されないのか?
(みなさん危惧は持たれているが、実行動の優先順位が低いように感じられます。)
防災は公共機関に任せっきり?!
防災は儲けにならないから、企業も動かない?
もし、今のような認識で大地震に遭遇して、生き延び得たとしたら、「浅はかだった」と深く悔いを持って反省することになろうと思います。
また、真剣さを持って対応してきていたとしても、まさに大地震に遭遇するその瞬間となれば、その時点での知見をもとに「死の覚悟に直面した “即時一人KY(危険予知)” 行動」となります。
思いが先に来て、表題の「釜石の中学生が発したひと言」へ話題が及びませんでした。
以後の記事につなげたいと思います