「家族への気づき」 

Iさんは、大学卒業後大手企業に就職し、仕事も家庭も順調に運んでいましたが、28歳の時、喀血して入院しました。
結核と診断され、医師から「右側の肺を手術で摘出しなければならない」と告げられます。
病院のベッドの上で悶々としているとき、Iさんは以前聞いたことのある「親孝行の大切さ」や「精神が肉体に及ぼす影響」という話に思い至りました。
“この病気は、私の心づかいが原因なのではないだろうか。”
“両親にも大きな心配をかけてしまった。”
“今まで私は、両親に対して素直になれず、感謝の心を持つこともなかった。”
“今、心を入れ替えなければ、今後の生活もうまくいくはずがない。”
このような考えが次々と浮かんできました。
入院期間は1年3か月におよびましたが、不思議なことに徐々に体調がよくなっていきました。
手術をせずに回復することができました。
その陰には両親の深い祈りがあったということを、Iさんは退院後に知ります。

Iさんは、退院後、体力的な限界を感じて退職しました。
Iさん自身が体を壊したということもあって健康に関心が出てきたのと、入院中に読んだ本の影響もあり、薬を使わずに背骨と骨盤を矯正することで健康を取り戻す整骨の道に進みました。
31歳の時、整骨院を開業しました。
数か月もすると、患者さんに合った治療をするということで評判になり、来院する人の数も増えていきました。

その後、仕事も順調になり、Iさんは仕事の他付き合い等で仕事に熱中していきました。
Iさんの奥さんも、家事や子育て、整骨院の受け付けや片付け等で、目が回るような忙しさが続きました。
そうした中、奥さんに不満がたまってきて、夫婦間の言い争いが増えました。
ところが、それを見ていた子どもたちにも影響が出て、長男は心臓の動悸を訴え、長女は喘息の発作を起こすようになりました。
可愛がっていた長女からは、「お父さんなんて大嫌い」と言われるようになりました。
Iさんにはショックです。

そんな状態が続いていく中、奥さんが腹部の痛みを訴え、腸閉塞で入院します。
手術が行われ、事なきを得ましたが、奥さんは一か月間の入院を要しました。
このとき、Iさんは、
″私は大変なことをしてしまった。大事な妻を失うところだった。妻は、私との精神的葛藤が原因で体を悪くしたに違いない″
と、深く後悔しました。
Iさんは、悩み、信頼している先輩に相談します。
その先輩は言います
「そうですか。
それは大変でしたね。
しかし、奥さんの怒る気持ちもわかります。
家の中の揉め事は、自分自身が反省して解決するしかない。
Iさんは、よく事業活動をされていますが、人の心に入り込む努力をしていない。
それをしない限り、本当の思いやりの心はできません。
人様に助かっていただきたいという気持ちで、みずからの心の立て替えをしていくという努力が、人生を変え、自分自身の品性を高めてくれるのです」
そんな先輩の言葉を聞き、Iさんは、今までいろいろと努力してきたつもりだったが、心づかいがともなっておらず、行いも不十分だったことに気づきました。
その日から何ごとも妻と相談し、家族に対しても、来院される患者さんに対しても、相手の幸せを祈りながら対応することに努めました。
日々、人様に幸せと喜びを与えられる人間になろうと心がけて生活しているうち、奥さんとの言い争いも次第に影を潜め、子どもたちにも笑顔が戻って健康になっていきました。
Iさんは、自分の心づかいと行いが家族に大きく作用していることを実感し、いっそう、それまでの自分の至らなさを反省しました。

しかし、夫婦が争うという悪い種蒔きは、意外なところで芽を出しました。
結婚して一年も経たない長女から、「夫と別れたい」と相談されました。
Iさんは、突然のことで驚きましたが、「お互いによく話し合い、事を急がないように」と長女に伝えて、これまで学んだことを踏まえて考えてみました。
“若いころ、よく妻と喧嘩をしていたが、その影響がこんなふうに表れて、娘夫婦までもが同じようなことをしている。
親のしたことは、子どもが真似をするのは当然だ。
これは娘の問題ではなく、自分自身の問題だ。
二人を前にして説教するようなことはやめよう。
彼の両親にも喜ばれるようにしよう。
彼のよき相談相手になろう″
そう心に決め、数日して長女にはこうアドバイスしました。
「誠意を尽くし、まず夫を立てて、夫の気持ちを大切にしなさい。それでも離婚するようなことになるのであれば、縁あって一緒になったのだから、後味の悪い別れ方をしないようにしなさい」
そして、娘婿のMさんに対しては、実の親になったつもりでたびたび家に招き、奥さんの手料理を振る舞いました。
はじめは仕方なくという雰囲気で足をはこんでいたMさんでしたが、次第に打ち解け、食事をしながら明るく会話を交わすようになっていきました。
そんな状態が半年ほど続き、長女夫婦に少しずつ変化が表れました。
長女のとげとげしさが柔らかいものに変わりました。
また、Mさんの頑なな態度はなくなって言葉づかいも優しいものに変わってきました。

長女夫婦の家庭は、小康状態がしばらく続きました。
ある時、Mさんから「一緒に旅行に行きませんか」と誘われました。
Iさんにとっては、娘婿の気持ちが何よりも嬉しかったのです。
旅行先で、Mさんから、子供ができたことを打ち明けられました。

Iさんは、長女の離婚騒動をとおして感じたことをこう語ります。
「こういうことがなければ、長女夫婦はお互いに不平不満を感じながら生活を続け、いずれ事がもっと大きくなったのではないかと思います。
そう考えると、“難有りて有り難い”と感じます。
女の子が生まれて、二人の気持ちも家庭の中も、たいへん変わりました。
今回、どれだけ親心になれるかということを神様に試されていたのではないかと思います。
誰に対しても親心で接することが本当に大事だということがよくわかりました」

現在、Iさんは、体だけでなく、人の心にも喜びと安心を与えられる治療を目指して夫婦そろって取り組んでいます。

Iさんは元々、心の内面での気づきができる人です。
若いときの入院中の気づきなんかは、そうできるものではありません。
また、事業が軌道に乗り、夢中になったこともよくわかります。
しかし、そこに“家族の心”という落とし穴がありました。
このような話はよく聞きまが、それ以降の対応に、またIさんの気づきという特質が出ています。
先輩の言葉も、的を射ていて、胸を打ちます。良い先輩に恵まれています。
長女さんの問題においても「これは自分の問題だ(自分の過去の心遣いが娘に現れている)」と反省されています。
「難ありて有り難い」と感じられるIさんの精神性を感じます。

身近な出来事で、いろいろと教えられることもあり、引用が長くなってしまいました。