FCPの見直し & PDCAサイクルの形成 について

前回は、前々回に続き、「避難生活」における「体験事例他」として、課題となると思われる事項をピックアップさせていただきました。
以上、今までBCPを参考にFCPについての課題について記してきましたが、BCPの項目も最後となりました。
今回は「FCPの見直し」「PDCAサイクルの形成」について触れたいと思います。

計画のチェックの必要性はマネジメントサイクルの形成において言われています。
反省と改善への考察を加えることの必要性です。
今までの各検討項目の再考察です
「BCPの見直し」:「PDCAサイクルの形成」より引用してみます


BCPの見直しについて
改善:定期的・継続的な見直し
(マネジメントサイクルの形成)

BCPの見直しは、経営管理の延長線上にあるものと捉え、常に現状に合ったものとしておくため、定期的に見直す基準を作成しておくことが必要です。

マネジメントサイクル(PDCAサイクル)の形成
【見直しには、大きく分けて2つのタイプがある】

  • 「日常業務の変化に応じて見直していく部分」
     従業員や取引先の連絡先など、日常的に変わっていくものへの対応
    --変化があった際にルーチン業務として最新の情報にアップデートしていく
  • 「経営管理・戦略上見直していく部分」
     BCPの方針や中核事業・重要商品、被害想定、事前対策の見直し
    --あらかじめ年間計画の中で、見直す時機を決めておくことが必要

また、これから実施を予定している事前対策の進捗状況や問題点も定期的にチェックし、対策の内容や実施時期を再検討する必要があります。

「企業が置かれている現状の把握」、「課題の抽出・整理」、「改善策の立案・実施」、「見直しと改善」という流れは、日常の経営改善(経営の効率化)と同じです。
また、定期的なチェック基準(見直し基準)の作成は、「業務改善における “環境整備” に通じる課題でもあります


FCPも、年に一度くらいのアップデートが必要です。
決めっぱなしでは、内容が現実と合わなくなります。

特に「日常的」と「戦略的」な面での視点は参考になると思います。
「小さな改善」と「方針としての改善」と言い換えることもできると思います。
計画段階から見直しを図ることにより、FCPはより質的に向上していくことになります。

加えて、準備している備品等をチェックし、寿命等を確認し、入れ替えることも必要です。
(できれば「防災の日(9月1日)」等と決めておくということも考えられます。)

何かの出来事を動機として、それへの対応策としての計画とその実行はされるのですが、その後にそれらの活動が反省としてチェックされることな少ないように感じられます。
以前より言われていたことですが、このチェックの段階を越えることは難事のようです。
しかしマネジメントサイクルの形成においては、この点がキーポイントであると指摘されています。
出来るかできないかが質的向上・内容充実・実効性の向上のキーポイントとなると思います。

【パニックは本当に発生するのか?】
大阪大学大学院教授 釘原直樹氏が、<雑誌「安全と健康」2021年7月号>において、
『緊急時の人間の行動は、一般的なイメージ(パニックや反社会的行動)とは異なる。
人は緊急時でも、日頃の人間関係や社会規範に基づいた向社会的行動をする傾向がある。』

と、心理学の立場から説かれています。
日頃の心構えとしても多くの参考となる内容が含まれています。

【前回続き】

【実証的研究の結果】

・実証的研究の多くは、人は緊急時でも、日頃の人間関係や社会規範に基づい向社会的行動をとることを示している。
・2005年にロンドンで発生したロンドン同時爆破テロでは、多くの人が、暗く、煙が充満し、死体が横たわっている地下鉄に閉じ込められた。
人々はこれからどうなるのか(また爆発が破裂するのか、火災がもっとひどくなるのかなど)分からず、救援についての情報交換もなく、自分たちが死に直面していることを実感していたという。
調査対象となった140人の証言によれば、他者を押しのけるなどの自己中心的な行動はほとんどなく、助け合いが随所で見られたという。
そこには一体感、共感、同情、温かさ、親密性が生まれていたそうである。
・このように数多くの実証的研究の結果明らかになったことは、パニックはめったに起きないということであった。
それにもかかわらず、今でも行政当局はパニックの発生を予測し、マスコミは人々の行動をパニックと結びつけて報道する傾向がある。
そして、人々の多くもそのようなイメージを持っている。

【パニックのイメージ形成】

・人は自分の先入観を強化するような情報を探し、また解釈する。
これを「確証バイアス」と呼ぶ。
このバイアスは信念や感情が絡んだ問題について特に顕著に表れる。
パニックのように、明確に定義されていない事象(恐怖のような情動がもたらす行動と混同されている)については、自分の信念をに合致した都合のよい事実をいくらでも集めることができる。
また事実を自分に都合がよいように解釈し、自分が好むできことだけを記憶し想起することもできる。
その結果、自分の信念はますます強固なものとなり、時には誤った信念に固執したりすることになる。
・さらに、被害が発生すると、マスコミは特に被害が大きかった地域について集中的に報道する。
また人々のわずかの混乱でも大々的に報道する。
このようなことがパニックイメージの定着に拍車をかけていると思われる。
・それから、ある事象が出現する頻度や確率を判断するときに、入手しやすく想起しやすい情報をもとに推定する、「利用可能性バイアス」というものがある。
例えば、航空機事故は自動車事故に比べて発生確率は比較できないほど低いが、その危険性は過大視されている。
・通常の社会的に望まし緊急時の行動は普通の行動である一方、パニックは異常な行動であるために記憶に残りやすい。
矛盾しているようではあるが、パニックはめったに起きないために、それがよく起きると誤解されるのである。
・また、人々は危機を目のあたりにしても、警報を聞いても、すぐに避難しようとはしない。
最初はそのような情報を信用しようとはせず、周りの人に確認しようとする傾向がある。
情報が曖昧であれば、なるべく軽く考えるのである。

【絆が恐怖を軽減させる】

・人は物理的危険から逃れるよりも、親しい人や慣れ親しんだ場所に接近しようとする傾向がある。
緊急時には親しい人と一緒にいたいという欲求が強くなる。
・親しい人と一緒であれば死の恐怖が軽減されることは、戦場における兵士に関する調査結果からも明らかになっている。
・戦場では、死ぬ可能性が高いとわかっていても、兵士は戦友と離れるより運命を共にする傾向があった。
海に投げ出されているという極限状況でも、戦友と一緒であれば冷静であった。
・また、天寿を全うした人の中には、死の間際に、「亡くなった親が訪ねてきた」と言う人が何人もいて、そういう人は皆安らかな死を迎えたという報告もある。
これを「お迎え」と呼び、介護関係者の約7割がそういう人に接した経験があるということである。
・結局、生死の境においても、親しい人と一緒だったり、慣れ親しんだ環境に置かれたりしていれば、恐怖は感じるがパニックにはほとんどならないといえる。
・生存率を高めるためには逃走行動が必要であり、その意味では、ある程度の自己中心的振る舞いやパニック的逃走行動をした方がよいといえるのかもしれない。