樋口晴彦氏の文献「組織の失敗学」(中災防新書)は、組織事故・トラブルについての“気づき”と“認識の深め”、そしてそれらへの判断の指標を与えていると言ってもいいと思います。
書かれている教訓的な内容をピックアップし、自戒も込めて筆者の思いを少し述べさせていただきたいと思います。
<本当に強い組織とは>
中小企業の生きる道(前編)
<M社の人真似をしない経営>(要約)
独自製品による差別化
1976年創業のM社は、工業部品の開発・製造・販売をしている会社で、パート従業員や中国子会社の人員を合わせても、社員数は100人弱という典型的な中小企業。
機械工業においてもエレクトロニクス化が一世を風靡しましたが、M社は、こうした業界の時流に背を向けて、機械式の精密位置決めスイッチでは世界唯一の供給者となった。
機械式スイッチは発熱せず、メンテナンスの手間もかからない。
おまけに構造がシンプルで、製造コストも電気式よりずっと安い。
しかも信頼性の面でも、悪環境下での耐久性もあるという製品を開発した。
そして、M社の精密機械式スイッチは競合企業を圧倒した。
取引先に依存しない経営
また、販売においても、インターネットや販売子会社を活用した直接取引により、世界の64カ国に製品を輸出し、海外売上の比率が6割に達しているとのこと。
この海外取引の直販化も、「人真似をしない」という経営理念に基づいたものであり、それはまたユーザーから情報を吸い上げる接点が不可欠であるためでもあった。
また定価販売を基本とし、ユーザーからの一方的な値引き要請には応じないことで商談をシンプルにして、女性社員2人が他の仕事とかけもちで、年間数億円もの海外取引を処理している。
こうした殿様商売も、製品の独自性が際立っているからできること。
以上のように整理していくと、「人真似をしない」という同社の経営理念が、独自性の強い商品を生み出し、その独自性が単に収益力の向上だけでなく、多様な顧客との直接取引が可能となったということ。
その結果、様々なニーズやアイデアを吸収し、新製品の開発が加速されるという好循環が生まれることになった。
下請けいじめに対抗するために
M社の創業者の経営者の「人真似をしない」という思いを強固にしたのは、大企業に手ひどく裏切られた経験だった。
大企業が下請いじめをする背景には、「この程度の下請ならばいくらでも代わりがいる」と下請企業を消耗品扱いする心理がある。
さらに、下請企業側の依存度が非常に高いことにつけこみ、「あの下請はわが社との取引なしではやっていけないから、どうせ泣き寝入りする」との計算もあるだろう。
「消耗品」の立場から脱するには、独自性の強い製品を開発してオンリーワンになればよい。
中小企業の経営者には、「我が社にはどこにも負けない技術がある」と胸を張る方が少なくないが、技術があるだけでは足りないことに早く気付くべきだ。
同じような技術レベルの会社が他にも存在する以上、「消耗品」の立場から脱することは難しい。
その技術に自社ならではの強い個性を付与することで、初めて取引先の大企業に対する交渉力を回復できるのである。
「人真似をしない」「オンリーワンになる」とはよく言われることであるが、この壁を越えるのが難しいのは衆知の通りです。
難易度の高いテーマです。
しかし、それでも樋口先生がこの提案をされています。
並大抵のことではブレークスルーは出来ないということです。
「技術に自信がある」という経営者は多いのですが、並の自信では通じないということです。
日々の精進を前提として、時間をかけての「もちこたえる力」を発揮したうえでの数少ない成果物だと感じます。
しかし、それでは突き放され感も出てきます。
サービス業においての話ではありますが、「人真似も長く続ければ独自の自社文化になる」ということを聞いたことがあります。
「もちつづける力」もまた必要です。
安易な人真似ではすぐに崩壊してしまうでしょうが、経営がしっかりしていれば、これもアリと考えられますが--。
中小企業の生きる道(後編)
<M社の実力本位の経営>(要約)
社内コミュニケーションに配慮したレイアウト
初代社長(会長)も現社長も大企業の勤務経験があり、セクト主義がいかに仕事の障害となるかを痛感していた。
そこで、物理的な仕切りをできるだけ減らし、お互いに声をかけ合える開放型のレイアウトとし、事務室の真ん中には、社員たちの机と並んで、社長と会長の机を置いた。
何かトラブルが発生した場合に、経営者がすぐに異変に気付くようにするためである。
また、疲労が原因で能率が落ちたら居眠りしても構わないとしている。
四半期に一度は、全従業員が参加する懇親会を設け、その開始は16時としている。
これは、従業員の過半数は女性であり、家事・子育てのある彼女たちが無理なく参加できるようにとの配慮である。
従業員に対する手厚い配慮
M社では、「働きやすさ」にも十分配慮している。
照明設備の充実、女性にも配慮した床暖房 等--
こうした配慮により同社では60歳を超えたベテランの女性従業員も珍しくない。
さらに、離婚により自らが世帯主になった女性従業員には、「バツイチ手当」なるものを支給する。
しかし、M社の経営は、俗に言う「温情型」「家族型」とは大きく異なる。
オーケストラでは、一人ひとりの奏者が担当楽器のプロであることを要求され、技量の劣った奏者は容赦なくはじき出されるが、M社もそれと同じなのである。
年配の女性従業員が多いのは、「やさしい経営」が理由ではなく、彼女たちが高度な熟練技能を持つスペシャリストだからだ。
そして会社側が職場のコミュニケーションや働きやすさに配慮するのは、従業員の力量を最大限に引き出すためである。
中小企業だからできること
M社の組織上の特徴は、間接部門が小さいことだ。
これも、「間接部門が強くなると会社が駄目になる」という経営者の経験に基づいている。
しかし、同社では管理者にノルマを課していない。
管理者たるものは、自分で目標を設定できなければ務まらないという発想である。
そのため、国籍や学歴、職歴などにとらわれず実力本位で管理者に登用する。
その一方で、筆者(樋口氏)が不思議に思ったのは、実力本位でありながら、欧米企業のようにギスギスした個人主義の傾向が見られないことだった。
社員の間に運命共同体としての一体感が存在することが、実力本位に伴う様々な弊害を封じ込めているのだ。
その意味では、M社の経営は「和魂洋装」と呼べるが、これこそが今後の日本的経営の姿ではないだろうか。
組織の規模が大きくなると、各人の仕事ぶりが見えづらくなり、実力本位を徹底できなくなる上に、その背景となる従業員間の一体感も維持することが困難となる。
「人真似しない」「実力本位」というM社の経営姿勢は、中小企業だからこそ可能である。
逆に言えば、「人真似しない」「実力本位」は、中小企業ならではの『武器』となり得るということだ。
計算されたうえでの配慮
厳しさの中にも人間味
本当はその方が優しい経営になる
--格好いいことを並べ立てても、会社を傾けるのでは、社員には優しくないことになる。
これができるのは経営者の実力と人柄。
そして、この「和魂洋装」が今後の中小企業経営の方向性との示唆です。
社員教育はどうしているのか? 知りたいところでもありますが---
変化と行動の経営(前編)
<S社の大いなる挑戦>(要約)
常に変化を追求する姿勢
S社は、バーコード・二次元コード・ICタグなどの自動認識システムを業務の柱とする東証一部上場企業である。
バブル崩壊、IT不況などの経済環境の激変に曝されながらも、着実に業績を伸ばしている。
成長の原動力となったのが、「変化と行動の経営」と名付けられた同社の経営哲学である。
「リーダーの即断即決」「とにもかくにも変化」「何事も即座に実行」がキーワードである。
「判断を誤って失敗するリスクよりも、判断が遅れるリスクの方がはるかに大きい」という考え。
要するに、どんなに時間をかけて検討を重ねても、市場を完全に読み切れるものではないということだ。
まず自らが何らかの変化を起こすことにより、その変化に対して経営環境がどのような反応をするかをおぼろげながらでも掴むことができる。
その結果、先の判断が間違っていたとわかるときもあるだろう。
その場合には、朝令暮改と言われようとも気にせず、傷口が広がらないうちに撤回すればよい。
日々の変化の積み重ねが大きな変化に
「市場が将来どうなるかわからないのに戦略を作成したりすれば、その戦略によって行動が制限されて自縄自縛になる」という考え。
現代では情勢を的確に把握することが難しい上に、情勢が変化するスピードも速くなっているので、「正しい戦略」を作成するのは至難の業である。
だとすれば、最初から戦略など作らない方がよいという発想だ。
試行錯誤を繰り返すことによって、次第に会社の進むべき方向が見えてくる。
戦略を大上段に振りかざさなくても、日々の小さな変化の積み重ねが、やがて大きな変化に結びつくのである。
変化を主導できるのはリーダーだけ
「組織のリーダーだけが変化を主導することができる」という考え。
マネジメント機能は、部下を計画的に管理し、決められた仕事を着実にこなしていく「守成」の能力である。
まさに中間管理職の仕事そのものだ。
それに対してリーダーシップ機能は、思いつきやひらめきを活かし、変化を創造する「創業」の能力である。
このリーダーシップ機能については、中間管理職に期待すべきではない。
変化には大きなリスクが伴うため、一介の中間管理職に判断させるのは荷が重すぎる。
また、変化を推し進めようとすれば、組織の内部でも抵抗や反発がどうしても生じるものだ。
そのような難しい決断を下し、なおかつそれを果敢に実行できるのは、全ての権限と責任を一身に背負ったリーダーだけである。
変化に伴って不可避的に生じるリスクをきちんと管理することができなければ、「変化と行動の経営」は単なる暴虎馮河となってしまうのである。
そのリスク管理の手段として、S社は極めてユニークな情報管理システムを構築している。
この情報管理システムは「三行提報制度」というそうである。
※暴虎馮河(ボウコヒョウガ)
血気にはやって向こう見ずなことをすること。
無謀な行為。
(虎に素手で立ち向かい、大河を徒歩で渡る意から。)
勉強になります!
そして、ある経営者の「失敗についての哲学」を思い出します。
初めてのことは誰しも失敗する。
失敗はやる気に比例する。
失敗は避けるべきモノではない。
逃げるモノではない。
そこから何かを学ぶのです。
1回目は一歩前進です。
2回目は確認です。
3回目はバカです。
同じ失敗をしてはいけません。
以上を前提として、
未来へつなげるモノです。
多い人ほど成功する。
6回チャレンジすると成功の確率は99%にもなる
と教示されています。
チャレンジの成否を確率各々1/2として
6回チャレンジすると、確実に反省を生かせるとした場合、成功の方向へは「1/2の6乗」として、「成功の確率99%」を示されています。
数値に置き換え、単純化した説明ですが、大意は「行動と変化」を示されています。
変化と行動の経営(後編)
<S社の三行提報制度>(要約)
「三行提報」のネタ探しに追われる社員たち
S社が「三行提報制度」をスタートしたのは1976年のことだ。
激しい労働争議によって会社が破綻寸前に至ったという苦い反省を踏まえ、二度と争議が起きないように社員の意見を吸い上げることを狙いとしたものだった。
社員が仕事の中で気づいたこと、疑問に感じたこと、意見、提案、あるいは不満でも何でもよいから、三行127字以内で書いて、会社に提出するというものだ。
この三行提報を「全社員」に対して「毎出勤日」に提出するように義務付けている。
月に20件以上も提報を書かないといけないので、誰でも持ちネタがすぐに尽きてしまう。
だからといって、「今日は何もありませんでした」では通らない。
S社では、三行提報を社員の業績評価とリンクさせており、高い評価を受けた(=会社にとって役に立った)提報は、賞与・昇給などの加点要素となる。
その逆に、提出を一回でも怠ると、ペナルティとして昇進は見送りとなってしまうので、三行提報の提出率が実に99.9%に達している。
そうなると、社員たちは三行提報のネタ探しに追われ、どんなネタにもすぐに飛びつくようになる。
これこそがミソなのだ。
斬新な発想で提報をフィルタリング
膨大な数の提報は、フィルタリング担当のチームが読み、40通程度に絞り込んでリーダーに見せるようにしている。
S社では、このチームに工夫を凝らすことで、三行提報の有効性を高めている。
チームを構成する6人は、いずれも若手社員で、そのうち4人が女性である。
しがらみのない斬新な発想で三行提報をフィルタリングさせることにより、通常の業務報告では上がってこない情報をリーダーに届けようというわけだ。
このように三行提報は経営者にとって貴重な情報源となるが、社員教育の面でも非常に役立っている。
その直接の効用は、社員の文章力のトレーニングである。
わずか三行127字の分量で、問題点とその解決策を説明するというのは、決して簡単なことではない。
要点をわかりやすく整理した上で、簡潔かつ的確な文章表現を選択する必要がある。
そのような作業を毎日繰り返していれば、社員の文章力は自然に向上する。
三行提報の運用には経営者の覚悟が必要
さらに大きな効用は、社員の意識改革である。
「仕事の中に何か問題点はないか」と常に意識するようになる。
自発的に問題点を深し求め、その解決策を模索するようになるのだ。
筆者(樋口氏)の見るところでは、話はそう簡単ではない。
この三行提報制度を運用するためには、経営者側に「覚悟」が必要とされるからだ。
S社のように、毎日40件もの提法に対して一つひとつリーダーが即断しないといけないのだ。
つまり三行提報制度は、社員にとって相当な負担となるだけでなく、リーダー自身にも多大の労苦を要求するものなのだ。
「変化と行動の経営」を実践できるリーダーのみが、この制度を使いこなすことができる。
全員に毎日の業を課している、そしてそれにリーダーが明確に回答しているというところに意味があるように思いますが、厳しい制度のように感じます。
社員のレベルによっては困難な業種もあると思います。
しかし全社員に働きかけるということで、この制度の変形は可能かもしれません。
連絡は127文字以内ということだそうですが、ツイッターの文字数制限は140文字、SMSにも制限があったと思います。
文章はA4用紙1枚でというようなことも言われます。
現場を掌握するということ
<Y社の不祥事対応>(要約)
「Hうどん」の経営悪化と閉店の三条件
(樋口氏は)いつもチェーン店の「Hうどん」を利用していたが、ある時からしばらく「Hうどん」に足を向けなくなったことがある。
「この店はもう駄目だ」と感じたからだ。
理由の第一は、店員の挨拶の声が小さくなったことだ。
「接客マニュアルに書いてあるから仕方なく挨拶をしている」という態度がありありと見える。
しかも、作業をしている店員は下を向いたまま口を開こうとせず、挨拶をしているのは一人か二人だけだ。
理由の第二は、店員が私語をするようになったことだ。
若い店員がケラケラ馬鹿笑いするのを傍で聞いていると、どういう訳か無性に腹が立ってくるものだ。
理由の第三は、清掃が行き届かずに店がうす汚れてきたことだ。
ここで取り上げた「店員の声が小さい」「店員が私語をする」「店の掃除ができていない」の三点を、筆者(樋口氏)は『閉店の三条件』と呼んでいる。
要するに、店員の姿勢が商売としての最低水準を満たしていないことを示す指標というわけだ。
案の定、その後すぐに「Hうどん」の経営悪化が報じられた。
再生の秘密はY社のDNA
それから半年ぐらい経って、その店がまだ開いているのを見つけたので入ってみると、店内の様子は一変していた。
「いらっしゃいませ」の挨拶は威勢よく、厨房の奥からも響いてくる。
店員の誰もがキビキビと働き、私語をしている者など誰もいない。
薬味台の掃除も行き届いている。
あれほど駄目だった店がどうしてこれほど変貌したのか、興味を抱いた筆者(樋口氏)は早速調べてみた。
すると、Y社が「Hうどん」を子会社化したことが判明した。
「Hうどん」は、数年でチェーン店舗を急拡大させたことから、社内の人材不足が表面化し、前述のような窮状に陥ってしまっていた。
そこでY社、有望な若手社員を出向させて、「Hうどん」の現場を立て直したのである。
組織の強さ=中間管理職の強さ
Y社も傘下の店舗でインターネット絡みの騒動を起こしたことがある。
そのときY社は、クレームが届いた当日のうちに、問題の店舗と店員まで特定してしまった。
エリアマネージャーが配下の店舗を隅々まで掌握していたからこそ、これほど迅速に調査を進めることができたのだ。
不祥事が発生する度に「現場管理の徹底」が叫ばれるが、このY社ほどしっかり現場を掌握しているケースが果たしてどれだけあるだろうか。
「組織の強さ」とは、詰まるところは、現場指導官の中間管理職の強さであることを、改めて教えられた一件であった。
経営者の姿勢が現場に反映されるというよい事例です。
Y社の経営者は口先だけでない真の(本音と建前が一致した)経営姿勢を持っておられるであろうことが推察できます。
安全管理という経営の局面においても、表向きは「安全第一」を言いながら、裏で(「でも分かっているよな」という雰囲気で)「生産最優先」を匂わせる経営者がいるのでは?と思われます。
部下は、その経営者の真意を素早く見抜いて、その真意に沿うように動機・行動付けられるものです。
経営理念と組織文化の一体化
<D社の組織文化改革>(要約)
いったん削減した経費は、業績が回復しても、復活させるという話しはあまり聞かない。
ところが、D社は経常利益に応じて経費レベルを決めるというユニークな経営方針を持つという。
数年単位の景気循環に対応するため、各部門における自立的な経費管理を促進することが狙いだという。
従業員満足度の向上にも大きく貢献しているらしい。
これは、「従業員満足度を高めることで、従業員が意欲的に仕事に取り組めるようになり、そのような従業員こそが顧客満足度を実現して業績の向上をもたらす」というD社の経営理念からきているという。
そして、その一例として、D社は全社一丸となった運動会を開催しているとのこと。
「各地に分散した事業所が、他の地域にも関心を抱くようになり、ひいては会社として一体感が醸成される」とのことである。
ここで、筆者(樋口先生)は、以下のような感想を述べています。
「短期的には意味が無いように見えることでも、長期的にはちゃんと意味がある。
いわば『無用の用』とでも呼ぶべき活動があることを忘れてはならない。
経費削減に躍起になるあまり、組織にとって重要な意義があるものまで切り捨てていないか、改めて省みることが必要だろう。」
企業の業績には、直接的には大きく貢献しているように見えなかった人が居なくなって、組織の活力が衰えたというような話しを聞いたことがあります。
経営陣は業績(収益性)の数字を見て、その人を切ったのかもしれませんが、ある意味“見る目の無さ”を露呈した結果になったということです。
D社には活動の基準となる行動規範があるという。
そのその規範ファイルには、至る所に書き込みがあり、文書の角や綴じ穴がすり減っているそうである。
つまり、この行動規範が組織文化として根付いているということらしい。
そしてそこまでなるには、経営者が「伝道師」となって社内教育を積み重ねてきたとのこと。
トップの一貫した強いリーダーシップと、積み重ねの時間があったとのことらしい。
ジョンソン・エンド・ジョンソン社の『我が信条』を思い出します。
社員の答えはどこを切っても同じ方向性の回答
--判断・価値基準の金太郞飴
そして、ある会社の早朝勉強会の継続による経営方針の浸透を思い出しました。
社員にとっては負担になるが、これを実践して実績を残される経営者の努力は大変であろうと思われます。
そして、この規範は浸透したもうひとつの要因として、分かりやすさを挙げられています
使命を記した後に実務指針として、208条ものガイドラインを規定しているとのこと。
しかしその規定は、1~2行のもので、その表現も直接的で平易な文言ですが、そこに経営者の理念・方針が練り上げられているとのこと。
日常の「判断基準」として活用できるように工夫されている
「○○心得」は多くあるが、日常活動で社員が手引きとするような活用は出来るようで出来ないことです。
著者(樋口氏)は言われる
「非常に斬新に感じられることだろう。
しかし、従業員満足度の重視と様々なイベントによる一体感の醸成、協力会社を含めたステークホルダーとの共栄、倫理的な利益追求などの根幹部分は、かつて日本企業では当たり前だったことばかりだ。」
そして問いかけられている
「現在では、鬱々として閉塞感に包まれた職場が増えているように思われる。『仕事を楽しむ』という当たり前のことがどうしてできなくなってしまったのか、そろそろ立ち止まって再考してみる時期ではないだろうか。」
この先生の問いかけは、多くの人も感じていることではないでしょうか?